青いライトで駅の自殺は防げるのか 日本

クリス・バラニック記者(BBC)

青いライト Image copyright Damon Coulter
Image caption 青色灯は2008年、東京・山手線の全29駅に設置された

心が落ち着く青い色のライトで、駅の自殺発生率を下げることができる。日本の鉄道会社はかつて、そんな考えに行き着いたようだ。人々の行動をそれとなく誘導する手法は「ナッジ」と呼ばれるが、青いライトのナッジは本当に効果があるのか。あるとしたら、それはどういう仕組みなのだろう。

2013年に1本の科学論文が発表されて、そこから何千件ものニュース記事やソーシャルメディアへの投稿が広まった。論文が打ち出したのは驚くべき説だった。駅に青いライトを設置したら自殺を防ぐことができたという。研究者らは、自殺が84%も減少したというデータまで示した。

この説は今までに広く注目を集め、多くの国で同じようなプロジェクトが始まるきっかけになった。しかし、面白いけれどもややこしい多くの科学ニュースと同様、この話も人から人へ伝わるうちに、細かい部分が少しずれてきてしまった。

全ての発端は2000年代末、日本の鉄道会社のうち数社が駅のホームに青色灯の設置を始めたことだった。駅で起きる自殺を防ごうとする試み、つまりナッジの手法だった。ナッジでは一見ちょっとしたきっかけが、人々の行動に驚くほど大きな影響を及ぼすこともある。

青い光の効果とは

試みのもとになったのは、青い光には精神状態に効果をもたらす力がある、という考え方だ。これは2017年の研究で裏付けられた。精神的ストレスを受けた人が室内で青い光を浴びながら横たわっていると、リラックスした状態に戻るのが早くなるという結果が出た。

早稲田大学の上田路子准教授は当時、鉄道会社が駅のホームで実験したことを聞いた。ライトに効果があることが分かったという話だった。上田氏はこれまで、日本の自殺率にどのような要因が影響するかを研究してきた。経済から自然災害、ツイッターで語られる有名人の自殺まで、ありとあらゆる要因を取り上げている。その同氏が鉄道会社の説を聞いて最初に抱いたのは、本当かどうか疑わしいという感想だった。「私たちが検証するべきだと考えた。そこで鉄道会社にデータをもらえるかどうか、連絡を取ってみることにした」と振り返る。

Image copyright Damon Coulter
Image caption 青い光が本当に自殺率を下げるのかどうか、科学的証拠はまちまちだ。実際の効果は恐らく、よく報じられている効果よりも小さいだろう

上田氏のチームは日本国内の71駅で得られた10年分のデータを分析した。すると、乗客への影響を裏付ける証拠があることが分かった。自殺者数が84%も減ったという数字が出て、すぐに広く報じられた。

しかし残念ながら、これが話の全てではない。研究結果が報道された時、筑波大学の市川政雄教授はデータを見直して問題点を指摘した。それによると、屋外の駅では日中と夜間に収集したデータを区別することが重要だという。日中はライトを見逃しやすいかもしれないし、消灯されている可能性もある。

同氏はさらに「信頼区間」と呼ばれる指標も調べた。青色灯の効果の大きさのように、統計分析で導き出された値にはどうしても不確かさが伴う。信頼区間とは、「真の値はこことここの間にある」という範囲のことだ。

市川氏によると、上田氏の論文では信頼区間の幅が14%から97%までと、極端に広いことが分かった。「統計学的に非常に不安定」な研究だと、同氏は指摘する。青色灯の効果による実際の減少幅は14%にすぎなかった可能性もある、ということだ。それでもかなりの変化ではあるが、メディアの報道が与えた印象からはほど遠い。

市川氏は翌年、研究結果を問い直す論文を発表した。青色灯は自殺を防ぐ特効薬だ、自殺を考えている人になぜかものすごい効果がある、などと人々が言い出さないよう、この論文がブレーキになってほしいと願った。

ホームの端に沿って防護柵やホームドアを取り付けるほうがはるかに有効かもしれないと、市川氏は主張する。ただし、青色灯よりずっと費用がかかることも確かだという。それでも、青い光にほとんど効果がないと分かった場合は、費用をかけるだけの価値があるかもしれない。

上田氏は論文の発表後、世界中の鉄道会社から寄せられる問い合わせの多さに目を見張った。スイスやベルギー、英国からの問い合わせもあった。「すごいことだ」と、同氏は話す。英国ではすでに少なくとも2カ所に青色灯が設置されている。1カ所は北部スコットランドの踏切、もう1カ所はロンドン近郊ガトウィック空港の鉄道駅だ。

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Image caption たとえ青い光で自殺のリスクが下がるとしても、危うい乗客を守る方策としてはホームドアのほうが有効だろう

ただ、上田氏は決してこういうプロジェクトを奨励しているわけではない。「青いライトにしたらいいか、ホームドアがいいかと聞かれるたびに、すかさず『ホームドアにするべき』と答える」という。

上田氏はホームドアにかかる費用の問題も承知しているが、一方でこう強調する。青い光には一部で考えられているほどはっきりした効果がないかもしれないし、ライトがどういう影響を及ぼしているのか、まだ正確には分かっていない。そこを理解しておくことが重要だ、と。

上田氏によると、例えば新品の明るいライトがついたおかげで、光の色には関係なく、人々が自分自身の存在をしっかり意識するようになり、行動まで変わったとも考えられる。もし仮に、青いライトに自殺防止の効果があったとしても、しばらくして人々がその光に慣れてしまえば効き目がなくなるかもしれない。

上田氏は今、青いライトの心理学的な影響を測る新たな研究に取り組んでいる。だがこの点をめぐって、ほかの研究チームの報告はすでに食い違っている。上で紹介した2017年の論文は、青いライトに心を鎮める効果があるという説に裏付けを与えた。ところが色彩デザイン学の専門家、英リーズ大学のスティーブン・ウェストランド教授によると、自殺のもう1つの重要な要因である「本人の衝動性」はライトの影響を受けない可能性がある。

博士課程でウェストランド氏の指導を受けたニコラス・チッコーネ氏の実験は、部屋を照らす光の色で参加者たちの衝動性がどう変わるかを調べた。参加者自身の感想としては、色によって衝動的な気分が強まったり弱まったりするという答えだったのだが、行動学的、神経学的な測定値をみると、光の影響がその奥にまで及んだ形跡は全くなかったという。

ある実験ではリスクを冒す行動への影響を調べるため、参加者に画面上の風船を膨らましてもらった。風船はボタンをクリックするごとに膨らむようにして、破裂させなければ賞金を出すと約束した。「1回膨らますごとにリスクは大きくなるが、もらえる賞金の額も上がる」と、論文は説明している。

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「私たちの研究では、青い光や赤い光で衝動性が高まると言い切れるような証拠が得られなかった」と、ウェストランド氏は言う。光療法が季節性感情障害(SAD)の治療法として確立しているのは事実だが、SADでみられるような気分の変化が自殺行動に影響を及ぼすとは限らない。

ウェストランド氏は「その人がどんな行動を起こすにしても、その行動との間に必然的なつながりはない」と断言する。

こんなふうに書いたからといって、日本の自殺問題に画期的な対策が見つかるよう願っている人をとがめるつもりはない。日本が自殺率の高さで世界の上位20カ国に入っているのは事実だ。全国で多くの人が真剣にこの問題に取り組み、状況を改善しようと努めている。

自殺者の総数はこのところ減少傾向にある。2003年の3万4500人から、2017年には約2万1000人まで減った。しかし若者の自殺は増えている

「言葉で言い表すのは難しい。とても悲しいことだ」と、市川氏は嘆く。

青いライトが自殺を考えている人に効果をもたらす可能性はあるものの、今のところ科学的にははっきりした結論が出ていない。上田氏自身も「正直なところ、青色灯が解決策だとは考えてほしくない」と話している。

「改めて言っておきたいのは、複数の対策を講じるべきだということ。そして恐らく、ホームドアが最も有効な対策だろうということだ」

(英語記事 Can blue lights prevent suicide at train stations?

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